大江戸ロミオ&ジュリエット

やがて、志鶴は(おもて)を上げた。

視線が目の前の多聞とぶつかる。

だが、多聞はなにも云わず、ただじいっと志鶴を見つめていた。いつものような「浮世絵与力」の自信たっぷりの鋭い目ではなかった。

泣き出す手前の幼子のように……哀しい目だった。

「……旦那さま、もう参りませぬと」

いたたまれなくなった志鶴が目を逸らす。
そして、立ち上がった。

されども、なぜか足に力が入らず、急にふらついた。ここへきて酒が廻ってきたらしい。

すかさず、多聞が抱きとめる。

再び……二人の視線が出合った。

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