大江戸ロミオ&ジュリエット
上野の不忍池を望める池之端と呼ばれる此の地は、男女が落ち合って情を交わす「出合茶屋」がある処として知られていた。
出合茶屋は、座敷と寝間になる次の間の二部屋を貸し切り、頼めば辺りの料理茶屋から好きなものを頼めるとあって、かなりの高直である。
ゆえに、身分も財力もあるが、人目を避けねばならぬ仲の男女が用いていた。
此処は奥まっている上に深川の料理茶屋がやっているため、下谷の広小路の出店からできたての鰻料理を運んできてくれることもあって、知る人ぞ知る店であった。
この店に入る際に、志鶴がぼんやりしてなかなか足を進めず、多聞がなぜか困った顔をしていた所以がわかった。
……この店の番頭や女中からは「さような仲」に見られておったのか。
今さらながら、志鶴はどうしようもなく恥ずかしくて堪らなかった。
酒の力も相まって、ぼんやりとふわふわし、一人では立っていられなくなった。
棗の眼は赤くうるうると潤み、ぷるっとした赤いくちびるが自ずからふわりと開いた。
多聞は志鶴の腰を支えていた片方の手を外し、その手のひらで、今度は志鶴の頬を包んだ。