大江戸ロミオ&ジュリエット
南町奉行所の者たちは悔し涙で咽びそうだった。
……よりによって、なぜ「南町の至宝」の多聞様を北町なんぞのおなごに渡さねばならぬのか。
次ぎの間に居並ぶ与力の妻たちの、
「我が娘の婿に」
「夫に先立たれたわたくしを、後妻に」
「まだ夫はぴんぴんしていて、殺しても死ななさそうだが、もし念願叶って先立たれた暁には、是っ非でもわたくしを後妻にっ」
という、それぞれの願いが潰えた悲痛な怨念が、次ぎの間いっぱいに渦巻いていた。
いや、与力の妻たちだけではない。
この場にいないすべての南町のおなごたちがこの刹那、夫がお仕えする南町奉行の富多 能登守を、
「殿っ、御乱心でござるっ。御免仕りまするっ」
と告げて、狼藉を受けたときのために持たされている懐剣で御奉行様の喉笛をかっ斬ってやりたかった。