大江戸ロミオ&ジュリエット

多聞は真っ青になって、(あわ)てふためいた。
かように落ち着きのない多聞を見るのは、初めてであった。

(ちまた)をおなごたちの黄色い声で騒がす「浮世絵与力」も、女房の前では情けないほど、ただの亭主だったのだ。

梅ノ香は思わず、あっははは…と大声をあげて笑った。女郎になってからは禁じられている笑い方であった。

「今までで一番(いっち)(こお)うなんしたお人でありんす。
『北町小町』の、あの天女さまみたいに美しいお顔で冷ややかに見下ろされたら、血も凍る思いになりなんした」

ひとしきり笑ったあと、梅ノ香は云った。

志鶴がすぅーっと目を細めて、我が身をまっすぐ見据えたとき、梅ノ香は天罰に触れたかのような心持ちになり、後ずさりしたくなったのを思い出す。

あれはまさしく女の「悋気」だった。


……浮世絵与力と北町小町こそ「相惚れ」だ。
つけ入る隙なぞ、何処(どこ)にもない。

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