大江戸ロミオ&ジュリエット
◇初夜の場◇
祝言を終えた志鶴はとうとう、生まれ育った「北町」の組屋敷から、婚家の「南町」の組屋敷へ移ることとなった。
同じ八丁堀にある目と鼻の先なのに、ずいぶん遠いところまで来てしまったと思った。
それほど、互いに行き来はなかったのだ。
夜も更け、志鶴は婚家の松波の屋敷であてがわれた寝間で、実家で支度した真っ白な寝間着に着替えた。
寝間着、といっても、もう一つの「花嫁衣装」である。滑らかな肌触りの羽二重の上物だ。
かようなところにも支度した母親の「北町の矜持」が感じられる。
武家の妻は、夫とは寝間が別である。
夫から同衾するよう申しつけられた時に、妻が夫の寝間へ通う。
奉公人が志鶴を呼びに来た。
今宵は「初夜」である。
志鶴は覚悟を決めて、立ち上がった。
本日、正式に夫となった松波 多聞とは、一言も話すことなく、しかも顔さえもちゃんと見ていなかった。