大江戸ロミオ&ジュリエット
「舅上、御無沙汰仕ってごさる。
此度の志鶴のことに関しては、多大な御心配をおかけしておりまする」
座敷に入ると、多聞は平伏した。
「倅が情けのうござるゆえ、舅殿をはじめ佐久間殿の御家にも御心配をおかけして、申し訳ござらぬ」
多聞の父親の松波 源兵衛も頭を下げた。
「いやいや松波殿、面を上げてござれ。
手前の方こそ、突然の訪問で御無礼仕っておるゆえ、お気に召されるな」
上座に腰を落ち着けた佐久間 彦左衛門は、鷹揚に応じた。
「……志鶴になにか、ござったか」
顔を上げた多聞が尋ねた。
その非の打ち処のない、端正で凛々しい面立ちを真正面にすると、男であろうとすぅーっと引き込まれるように見つめてしまう。
実は彦左衛門は今日、大事な我が娘が出戻った上に子まで孕まされ、もうそろそろ腹も膨らんでくる頃だというのに一向に埒が開かぬゆえ、痺れを切らして「怒鳴りこみ」にやってきたのである。
ところが、松波の当主である源兵衛と、世間話に始まっていつしか御役目の話などをしているうちに、だんだんと打ち解けてしまった。
やはり、同じ年番方の御役目を持つ身だけあって、悩み処がほぼ同じなのだ。
しかも、年番方与力の中でも「筆頭」にあたるのは北町では彦左衛門、南町では源兵衛しかおらぬ。
つまり、おのれの御役目の辛さを、相手もまた日々感じていて、それが判るのはお互いだけだ、ということだ。
……得難き「出合い」であった。
そこで、ふっと気づいた。
もしかして、北町奉行も南町奉行も、多聞と志鶴の縁組について話し合ううちに、かようにして打ち解けるようになったのではあるまいか。
さりとて……彦左衛門は、はっ、と我に返る。
「その分じゃと……志鶴はまだ、なにも云うておらぬか」
はぁっ、とため息を吐いた。