大江戸ロミオ&ジュリエット
「旦那さま、あとで持って参りまするゆえ、お帰りの折には、今の季節の袷と、これからの季節の綿入れのお着物をお持ちござれ」
まだ真っ赤なままの志鶴は、話を逸らした。
「おっ、そいつぁ、ありがてぇ。
お父っつぁんがうらやましがって、またいじけるんじゃねぇか」
多聞が破顔して喜ぶ。
「おめぇがおれの世話をさせてもらえなくても、おれのために着物を縫ってくれてたって知ったあんときにゃぁ、天に舞い上がるほどうれしかったんだぜ」
多聞が着てくれるかどうかわからなかったが、縫ってよかった。それに、一心に縫い物をしている間は志鶴の気持ちも安らいだ。
「……だが、そいつらは此処に置いとくかな。
明日っから御役目が終わったあと、日参すっからよ。裃から着替えてぇしな」
無事、腹の子を産み終えて、松波の家に子どもと一緒に志鶴が帰ってくるその日まで、多聞は姉の夫が行ったことと同じことをしてやろう、と決意した。
志鶴が案ずる心を「夫」にしかできぬ術で、少しでも和らげてやりたかった。