大江戸ロミオ&ジュリエット
「も…申し訳ありませぬ」
志鶴は頭を下げた。
「今、何刻だと思っておる。
あぁ……『北町』では、朝はごゆるりとなされておるのじゃな。それはまぁ、なんと優雅なことじゃ」
富士はふっ、と笑った。
……が、目は笑っていない。
あの多聞を産んだだけあって、流石に美しい面立ちをしていた。
志鶴はなにかに似ていると思うた。
……そうだ、お能の「増女」の面だ。
増女は「熊野」や「江口」などの演目で、天女や神女などを演ずる際に使われる面なので、決して般若のような激しい顔つきではない。
だが、生身の女でない分、えも云われぬ畏れと慄きが湧き上がってくる面である。