大江戸ロミオ&ジュリエット

「……おぬしは、如何(いか)なるつもりでござるか」

低い声で問われる。

「この松波の家に嫁入ったことが……『南町』がそれほどまでに不服でござるか」

志鶴は平伏したまま、首を左右に振った。

「ならば、なにゆえ、夫の身支度の世話はおろか、見送りも出迎えもせぬのだ」

それは、姑の富士に「北町」の志鶴が多聞の前に顔を出すのは縁起でもない、と云われたからだった。

……旦那さまは、わたくしを、待っておられたのか。

今日一日、まともに相手にされず、「南町」ではだれからも望まれていないと思っていた。

だが、肝心要の「旦那さま」が志鶴の妻らしい所作を望んでいることがわかり、身体(からだ)の力が一気に抜けるほど安堵した。


……だが。

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