大江戸ロミオ&ジュリエット

「……おぬしを放っておいて、悪うござった。
ここのところ宿直(とのい)の御役目が続いておってな」

多聞の声がその胸から聞こえてきた。

多聞に抱きしめられた志鶴は、その胸に耳を押しつけた格好となっていたからだ。


町奉行所での多聞の与力としての御役目は「当番方」であった。

若手の登竜門とされる所以(ゆえん)は、三交代制で夜間の御役目の「宿直」もあるからだ。

さらに「いざ、御用だっ、捕物でござるっ」となれば、当番方の同心を引き連れて、いち早く駆けつけねばならぬ。

ゆえに、当番方は体力勝負の御役目であった。


「……お気に召されるな……実家(さと)の兄も、旦那さまと同じ御役目でござりまするがゆえ」

志鶴はかような(さま)に落ち着かず、俯いたまま、かすかな声で呟いた。

「そうか……北町の佐久間 帯刀(たてわき)殿も、さようでござったな……それにしても」

抱きしめられた多聞の腕に、少しだけ力がこもった。

「おぬしは、折れるのでないかと思うほど、か(ぼそ)うござるな」

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