大江戸ロミオ&ジュリエット

志鶴は固まった。

殿方から「口吸い」されたのは、無論初めてだ。

身体(からだ)中を、濁流のように血が巡る。
心の臓がばくばくと音を立てるのが、聞こえる心持ちがする。

「もっと……おぬしの歩みに合わせるつもりだったのだがな」

唇を離した多聞の顔が、苦しげに歪む。
いや、せつなげに、だろうか。

「悪うござるが……もう辛抱できぬ……っ」

多聞の唇が、勢いよく押しつけられる。

驚いた志鶴のくちびるが、ふわりと開いた。
すかさず、多聞の舌が滑り込む。

そして、志鶴の口腔を縦横無尽に動き回る。

やがて、志鶴の舌をしっかりと捕らえた。
志鶴は金縛りに遭ったように、かちこちに固まって、ぴくりとも動けなくなる。

ただ、ぎゅうぅっと目を閉じることしかできなかった。

< 74 / 389 >

この作品をシェア

pagetop