大江戸ロミオ&ジュリエット

「……お千賀ちゃんにそなたの顔でも、と思うて呼んではみたが、やはりわたくしはそなたの顔など見とうないわ」

やはり、穢れたものでも見るかのように、富士は志鶴をじろりと見た。

(はよ)う、下がれ」

富士は犬の仔でも追い払うかのごとく、袂を揺らした。

千賀が袖先を口にあて、くすりと笑ったように見えた。

志鶴は御役御免の形ばかりの一礼をして、立ち上がろうとした。

とたんに、部屋の景色がくるりと一回りした。


……あれっ、目が定まらぬ。

と、思うたのもつかの間。

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