大江戸ロミオ&ジュリエット
その声で、志鶴は「南町」に嫁いだことが、夢ではなかったと思い知らされる。
どうやら、この御家も実家と同じく、なにかあったときに頼る医師が玄丞であったのだ。
志鶴は悟られぬように、落胆の息を吐いた。
「奥様……さような物云い、あんまりではござりませぬかっ」
初音が叫んだ。
平生はよく笑う愛らしいくちびるが、今はぷるぷる震えている。
「んまぁっ、わたくしのような年嵩の者に対して、なんたる振る舞い……許しませぬぞ」
富士が鋭い目で、ぴしゃり、と窘める。
「初音、過ぎるぞ」
父親の玄丞も娘を制す。
「されども……父上、このままではしぃちゃんが、あまりにも……」
「いいのよ、はっちゃん」
志鶴は初音を宥めた。
この御家で、さように我が身を庇ってくれただけで、うれしかった。
そのとき、部屋の外が、がやがやと騒がしくなった。
回廊を歩く、大きな足音も聞こえてくる。
しかも、次第に近づいてくる。