大江戸ロミオ&ジュリエット
訪いもなしに、いきなり明障子がぱーんと開いた。
そこに……多聞がいた。
「んまぁ、いかがなされた、多聞。
さような所業、不躾でござりまするぞ」
富士が気色ばむ。
「しかも、殿方がおなごの部屋に来られるとは、あってはならぬこと甚だしゅうござりまする」
だが、多聞はさような富士の「お小言」など、一切聞く耳を持たぬ様で、まっすぐ志鶴が横たわる布団の傍らまでやってきて、腰を下ろす。
「御役目から帰ってきたら、おぬしが倒れたと聞かされて、仰天したぞ……具合はどうだ」
多聞の顔は強張っていたが、声はやさしかった。
「旦那さま……申し訳ありませぬ」
志鶴は布団から起き上がろうとしたが、多聞から「そのままでよい。無理するな」と制される。
夫に対して、かような失態を繰り返す我が身が情けなくて、俯いた。
……此度こそ、旦那さまに愛想を尽かされてしもうた。
とても、多聞の顔を見ることができなかった。
「は…離れよっ、多聞。
そのような者と、親しげに話をするものではないっ」
富士が金切り声で叫んでいるが、多聞には一向に頓着した様はなかった。