イジワル御曹司様に今宵も愛でられています
「うわ、蒸し暑い!」
東京から新幹線で二時間強。京都駅に降り立った途端、湿度の高いもわっとした空気に体が包まれた。アスファルトの照り返しがきつい東京もかなり暑いけど、京都の暑さはまたちょっと違う気がする。
今日は終日、香月流本部で会議や来客対応の予定だった私は、もはやトレードマークともいえるグレーのパンツスーツ姿。エキナカを少し歩いただけで、ジャケットの下に着ていたシフォンのブラウスが汗で背中に貼りついた。
「結月大丈夫? どこかでお茶でも飲んで休んでから行く?」
私が暑さに辟易していることに気づいたのか、智明さんが優しく気遣ってくれる。「そうですね」と頷こうとして、言葉を飲み込んだ。近くにいた若い女性グループが智明さんに気づいたのだ。
「ねえ、あれってそうじゃない?」
「でも和服姿じゃないよ」
「そんないつも着物着てるわけじゃないでしょ。プライベートなんじゃない? てか一緒にいる人、ひょっとして彼女かなぁ」
「あれ、でも羽根木智明って女優の氷見彩華とつきあってるんじゃなかった?」
漏れ聞こえてくる会話に、一瞬背筋が寒くなる。握手だサインだとやって来て、智明さんに面と向かって余計な詮索でもされたらたまらない。
「智明さん、私なら大丈夫です! 車内は十分涼しいはずだし、早くタクシーに乗って移動してしまいましょう!」
このまま無防備にうろついていたら、それこそ騒ぎになってしまう。一刻も早くこの場を離れなくては。
「……そうだな。さっさと仕事をすませるか」
「そうですよ、早く行きましょう!」
私はアシスタントよろしく智明さんの荷物を奪い取ると、急いで彼をタクシー乗り場に誘導した。