イジワル御曹司様に今宵も愛でられています
女将さんに案内され、智明さんと一緒に本館の奥から続く渡り廊下を歩く。
夕方の少し温度を落とした風が、宿の周りの竹林を通り抜ける。笹の葉が触れ合うざわめきと、宿の下に流れる清流のせせらぎ、そしてどこからともなく蜩の声が聞こえてきて、一気に私を非日常の世界へと連れて行ってしまった。
……なんだろうこの感じ。まるで体の中をサッと爽やかな風が吹き抜けて行ったみたいだ。
思わず、歩みを止める。それに気づいた智明さんが、私を振り返った。
構わず深呼吸をしてみる。体内に取り込んだ空気はほのかに甘い。そして体中にじわじわと、何かあたたかなものが満ちていくような気がした。
「……結月、どうかした?」
智明さんが、不思議そうな顔で私に尋ねる。そして、わかった。
智明さん、こんな素敵な場所にあなたと二人で来られて、私は今、とっても幸せです。
伝えたいな、この気持ち。そしてあなたに「ありがとう」を言いたい。
でも、今この渡り廊下の途中で口に出すのはちょっと惜しい気がして、私はそっと頭を振った。
「急に止まってごめんなさい。なんでもないの。すぐ行きます」
お部屋に入って少しゆっくりしたら、今ここで感じたことを智明さんに告げよう。そう心に決めて、彼と一緒に女将さんの後をついて行く。