いつか淡い恋の先をキミと
やっぱり今日もダメか、と振り返ったその顔を黒板の方に向けようとした瞬間、今まで本に向けられていた君のその視線が初めてこっちを向いた。


目が合った気になったのは、その視線がすぐに逸らされたから。


空中で搗【か】ち合ったその視線は、多分一秒もなかったはず。


でもそのほんの一瞬でも交わることのできた視線の先のいつも本を読んでいる君は、少しだけ、ほんの少しだけだけど微笑んでいた気がした。


君に声を掛けたい。


何読んでるの?――その一言が言えない。


きっかけが作れない。


あたしの周りにいる人たちの雰囲気と君が纏う雰囲気はあまりにも違うから。


邪魔をしちゃイケナイ気になって、声を掛けられない。


それに、何読んでるの――その一言を言うことで君はあたしが本を口実に近付いたと思うかもしれない。


違うの、本当に中身を知りたいの。


そう取り繕うことで余計に嘘っぽくなって、更に疑われるかもしれないことが嫌だなんて。


ちょっとでも印象を良くして、よく思われたいと思っていることに自分で気が付いたら、それを恋だと認めているようなもので――恥ずかしい。


でもこれが恋なのかは未だ真剣に人を好きになったことがないあたしにはよく分からない。


だからあたしはあくまでも君が気になる理由を本のせいにしておきたい。


五限目の授業中、君のことばかり考えていて、後ろにいる君の視線があたしの背中に向けられていたらいいのに、と有り得ないことを願っていた。
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