目覚めたら、社長と結婚してました
「私、忘れずにちゃんと覚えておきますからね」

「なんだ急に?」

 そこで彼の視線が本から私に移った。髪を無造作に下ろしている姿は、普段とのギャップもあってどこか幼く見える。

「怜二さんのこと知りたいって言ったでしょ? 気になったから聞いただけです」

 胸のときめきを悟られないように、私は顔を半分ベッドにうずめた。怜二さんは不思議そうにしながらも本を閉じて時計を確認した。

「そろそろ寝るか」

「はい」

 小さく返事をして彼を見つめる。怜二さんはベッドサイドのライトに手を伸ばし、部屋の明かりを落とした。

 ぼんやりと輪郭だけを浮かびあがらせる穏やかなライトは睡魔を誘うのにはちょうどいい。

 怜二さんはベッドに入ると、いつものように私をそっと抱き寄せた。

「柚花」

 確かめるように名前を呼ばれ、頬を撫でられる。彼の顔が近づき私は静かに瞳を閉じた。唇に温もりを感じたのも束の間で、それはすぐに消える。

 ゆっくりと目を開けると、怜二さんが柔らかく微笑んでいるのが見えた。優しく髪を撫でられ、いつもなら心地よさに瞼が重くなってくるところだ。

 しかし、今日は違う。さっきから鳴りやまない心臓はもうどうしようもなく、私は意を決した。

 軽く体を浮かし右手を彼の肩に置くと、自分から彼に口づける。初めて彼にキスしたときと同じで唇を押し当てるだけのような単純なものだ。
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