目覚めたら、社長と結婚してました
「せっかくだから、つけてみろよ」

 今ここで?と思いつつ、さっきの態度もあって断るということはできなかった。

「……でも、鏡がないとつけられなくて」

 弱々しく言い訳する。まだピアスをつけるのは不慣れで、化粧ポーチに入っている鏡はここでは役に立たない。

 この階の化粧室はどこだったかな、と目線を飛ばしていると、怜二さんがさらに一歩こちらに距離を詰めてきた。

「ちょっと貸せ」

「え、あの」

 手の中の箱から彼はピアスを片方取り出すと、私の顔になんのためらいもなく手を伸ばしてきた。そっと髪を耳に掛けられ無意識に肩をすくめる。

「じっとしてろ」

 低い声で命令され、私は硬直するしかない。彼の指が私の耳に触れたときは、思わず叫びそうになった。それを堪えるようにぎゅっと目を瞑る。

 怜二さんにとってはなんでもないことだ。意識しているのは私だけで、それを彼に悟られてはいけない気がした。

「痛みは?」

「ない、です。大丈夫です」

 つけ終わって尋ねられ、私は消え入りそうな声で返事をする。痺れるような余韻が耳に残るのはピアスに慣れていないからとか、そんな理由だけじゃない。

 うつむき気味に箱を鞄にしまってエレベーターのボタンを押した。間を空けず到着したエレベーターの中にさっさと乗り込む。もちろん彼も一緒だ。

 沈黙が重い中、彼からの視線を感じようやく私は顔を上げた。じっとこちらを見ている怜二さんにたどたどしく尋ねる。

「似合い、ますか?」

「悪くはないんじゃないか?」

 あっさりと返ってきた素直じゃない言い方が彼らしく私はつい笑みが零れた。

「ありがとうございます、怜二さん」

 そこでエレベーターが一階にたどり着き、私は降りようと足を一歩踏み出す。それを阻むかのように不意に腕を取られた。
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