目覚めたら、社長と結婚してました
 早速ソファに座って読みはじめようとしたが、思い出したように彼に尋ねる。

「怜二さん、すぐに会社に戻りますか?」

「夕方に一度戻る予定だ。少し家で仕事をしていく」

「じゃあ、コーヒー淹れますね」

 私は軽い足取りでキッチンに向かう。「いらない」と言われなかったので彼も飲んでくれるのだろう。

「本ひとつで単純だな」

「いいじゃないですか。複雑よりもマシでしょ?」

「そうだな、単純でいてくれた方が扱いやすい」

 コーヒー豆のケースに手を伸ばして応酬していると、自分で言ったこととはいえ怜二さんの同意に口を尖らせた。

「怜二さんにとって私って奥さんというより、やっぱりペットなんですね。なにげなく私のことを馬鹿にしすぎです」

「なにげなくどころかストレートにだけどな」

「あ、そういう切り返しします? わかりました、怜二さんのコーヒーには砂糖よっついれておきますね」

 ぷいっとむくれてコーヒーメーカーをセットすると、彼がこちらに静かにやってきた。さすがに言い過ぎたかな、と思っているとうしろから抱きしめられ、まさかの展開に私は硬直した。

「悪かった。機嫌直せよ」

 耳元で囁かれた言葉は、どこか弱々しい。しかし今の私は言われた言葉よりも体勢の方に意識を持っていかれ、動揺するばかりだ。

 背中越しに伝わる体温も、回された腕の感触も私の平常心を奪っていく。
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