目覚めたら、社長と結婚してました
「……実は今朝、夫と喧嘩しちゃったんです。私が一方的に彼を傷つけて……。私が悪かったから、彼の好きなものを作って仲直りしたくて」

「そうなの。でもそんなに思いつめないで。夫婦なんだもの、喧嘩があって当たり前よ」

 かけられた言葉に私は目を丸くした。

「そう、ですか」

 すると敏子さんは茶目っ気たっぷりに笑う。

「そうよ。私も何度主人と喧嘩になったことか。でも、そういうのを乗り越えて夫婦の絆は強くなっていくものよ。お互い、好き合って結婚したんだからきっと大丈夫」

 今はその言葉が逆に刺さった。私たちは愛し合ったわけでも好き合っていたわけでもない。たまたま両親のことで困っている社員が目の前にいたから、助けるつもりで結婚してくれた。

『誰と結婚しても同じだったんじゃないか?』

 ……彼は結婚相手にこだわっていなかったから。私の一方的な片思いだ。

 もう一度、やり直せたら。今さらだけれど、そうしたら今度は自分の気持ちを伝えて、彼に結婚を考えてもらうのに。

 振られるだろうな。鬱陶しそうな顔をされるだけかも。今の私たちはたくさんの事情が重なって結婚してしまったから。

 どうしてもっと単純に、好きという気持ちで結婚できなかったんだろう。

 ぼーっと考え事をしながら敏子さんを支える形で手を握り階段を下りる。すると不意に横にいた敏子さんが体勢を崩した。

 頭で考えるより脊髄で反応する。彼女を引き上げるように手に力を入れ、その反動で自分の体が前のめりになった。

 なにもかもがスローモーションに瞳に映る。時の流れが止まったかのような。

 駄目。待って! 私、彼に話さないといけないことがあるの。家で待っていないと。伝えたいことがあるのに――
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