目覚めたら、社長と結婚してました
「女も結婚もなにもかも面倒で割り切って考えるのが最善だとずっと思っていた。でも柚花に会って変わったんだ。俺が自分の手で幸せにしたいと思うのはお前だけだよ。……愛してる」

 言い終わるのとほぼ同時に口づけられる。唇から伝わる彼の温もりに安心して、目を閉じてキスを受け入れた。

 このまま身を委ねたくなったところで思いとどまり、自分から口づけを中断させる。やや不服そうな面持ちの彼に、私はたどたどしく話しだした。

「私、怜二さんの言う通り、相手が誰でも結婚して好きになって幸せになろうって思っていました。頑張って、前を向いて、相手を好きになる努力をして。でも、怜二さんに出会って本当にできるのかって気持ちが揺れて、ずっと前を向いていられなくて……」

 苦しかった。怜二さんに惹かれていく気持ちを必死に押し殺して、会いたいのに会いたくなかった。怜二さんと会うと自分の決意が鈍って、弱くなった気がした。

「どんな状況でもプラスに捉えて、いいことにも悪いことにも意味を持たせられる。自分で気持ちを切り替えて前に進んでいける。お前のそういうところは本当に立派だよ」

 語られる彼の言葉に私は不意を突かれる。怜二さんは言葉を切ると骨ばった大きな手で私の頭に触れた。髪と同じ深い黒色の瞳が揺れる。

「でもな、いつもいつも無理して前ばかり向かなくていいだろ。たまには立ち止まって横を向いて寄りかかってこい。隣にいてやるから」

 きっと今の自分は情けない顔をしているに違いない。涙が止められなくて、上手く笑えない。それでも私は微笑んで見せた。
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