目覚めたら、社長と結婚してました
 柚花は一言で言えば変わっていた。相当な本好きというのは、話すうちにすぐに知ったが、本のことは熱くなるくせに他のことにはどこか冷めているというか、壁があるとでもいうのか。

 女というのは感情的で、話を聞いてほしい生き物だと認識していた。愚痴や弱音を吐くのに同調してやれば、それとなく甘えてくる。

 面倒な生き物だと思いつつ、適当に割り切った関係を築けるならそれなりの言葉も処世術も持ち合わせている。

 けれど柚花は違った。

 俺に対して軽口は叩くくせに、その奥の部分は踏み込ませないし、踏み込んできたりしない。自分のことは聞かれるまであまり話さないし、こちらのこともあれこれ詮索してこない。

 こういったバーという場所は、大体みんななにかしら自分の中に溜めているものを吐き出すところでもあったりもする。

 そういうのが一切なく、異性として意識することもない柚花の存在は正直、有難かった。

 女に疲れていた俺は純粋に本のことだけを話せて盛り上がれる相手は貴重だった。本を貸すという名目で彼女と会って話すのがいつしか楽しみになっていたのも事実だ。

 柚花と打ち解ける中で俺の興味は徐々に彼女自身に移っていく。柚花は自分の酒に対する強さも理解していて、下品な飲み方はしない。

 『もう一杯どうしよう』と悩むくせに、いつも一杯で終わらせる。それは彼女を送っていくようになっても変わらなかった。
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