目覚めたら、社長と結婚してました
 自分からこんなふうに異性に接触したことに戸惑う。触れられることはあっても、気を持たせるのも面倒で自分からは極力触れたりしない。

 思えば、初めて彼女を見送ったときもなにげなく俺は頭に触れていた。一歩間違えれば島田さんの言うようにセクハラだ。

 自分の行動に、理由がつけられないまま柚花が店を出るようなので俺も続いた。はっきりとしない気持ちを抱えたまま、俺は思い切って彼女に声をかけた。

 気まぐれとでもいうのか、なにかを期待したわけでもない。ただ、仕事で上手くいっていない案件があって気持ちが微妙に落ちていた。

 気分転換をしたかったのかもしれない。柚花を連れて展望公園を訪れたのに、深い意味はなかった。

 彼女はこちらが思う以上に喜んで、目をキラキラとさせていた。その姿を見てホッとする。

 しかし、まさか彼女に自分が気落ちしていることを指摘されるとは思ってもいなかったので俺は面食らった。

 素っ気なく返して、『悩みくらいある』という彼女に踏み込んでみる。

「失礼ですね。私にだって悩みくらいありますよ」

「たとえば?」

「たとえば……」

 ここでも彼女は自分のことを話さなかった。だから、というわけじゃない。ぽつぽつと自分の心の内を話したのは。

「たいしたことじゃない。少し仕事で上手くいっていない案件がある」

 上っ面の励ましの言葉も、同情もいらない。どうせ彼女には理解できないことだ。そうやって冷めた自分もいた。

「無意味なものなんてありませんよ」

 予想に反して、柚花はあっけらかんと返してきた。
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