目覚めたら、社長と結婚してました
 深刻そうな顔をすることもなく、こちらの事情に首を突っ込むこともしない。けれど彼女は自身の言葉で、自分の大事にしている信念を語った。

 それは思った以上に俺の心の響いた。彼女の底なしの前向きさに救われる。癒される。

 なにげなく抱きしめると肩の細さに驚いた。すっぽりと自分の腕の中に収まる柚花は、思ったよりも華奢でか細い。それこそ本気で抱きしめたら壊すんじゃないかと思うくらい。

 艶っぽい雰囲気にはどうしてもならず、それが残念なようで安心する。困ったような彼女の表情に、そういう顔もするのかと新しい一面が見られて嬉しくもなる。

「いや。十分に癒された」

 適当に異性と付き合って体を重ねるより、こっちの方がよっぽどいい。隣にいてほしいと思えたのは初めてだった。

 それから柚花の夜遊びに付き合うという理由で俺たちは出かけた。本の話を中心に、彼女はいつも楽しそうに笑う。

 もっと笑ってほしくて、俺は柚花に誕生日プレゼントを用意した。彼女の好みは知らないし、聞いたこともない。

 かといって適当に見繕う気にもなれず、初めて柚花がバーを訪れたときに、近藤さんの作るカクテルに自分の名前と同じだと柚子のジュースが入っていたことを喜んでいたのを思い出した。

 自分の名前に思い入れがあるらしい。だから俺はそういうのに詳しい知り合いに頼んで柚子の花をかたどったピアスを用意してもらった。

 ところがいざ渡してみると、柚花の反応は有無を言わせない拒絶だった。結果、受け取ってくれたものの、満面の笑顔とは言えなかった。
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