目覚めたら、社長と結婚してました
「……お前はつらいときや落ち込んだときは、どうするんだ?」

 そこで聞きたかったことを口にする。自分は彼女に救われた。その一方で柚花はどうなんだろうかと。

 俺は彼女の弱音も愚痴めいたことも聞いたことがない。柚花はつらいと思たっとき、どうするのか。

 両親も外国暮らしだと聞いていたし、誰か頼ったり甘えたりできる人間がいるんだろうか。

 それこそ、俺以外の男が――。

「そう、ですね。とにかくポジティブに考えて前を向くようにしています。名前通り“強くたくましく前向きに”が私のモットーですから」

 結果、彼女は自分自身で立ち直らせて前を向いているのだという。名前の由来の話までされ、俺は安心したような複雑な心情になった。

 半ば強強制的に彼女の耳にピアスをつける。そして最終的に彼女は笑ってくれた。

 自分が渡したピアスを耳で輝かせ、笑顔でお礼を告げて来る彼女に、俺は引き寄せられるように口づけた。

 こんな簡単に手を出していい相手じゃないのはとっくに知っている。案の定、彼女は顔を真っ赤にさせ、激しく狼狽えた。とっさに上手い言い訳が思い浮かばない。

「……べつに。意味はない」

 苦し紛れに呟いた言葉に、彼女はなにかが刺さったかのような表情を見せた。

 さすがに怒るだろうか、泣かせるかもしれない。ところが彼女は静かに続けた。

「よかった、です。それなら今のは、なかったことにしますね」

 柚花は俺を責めることをしなかった。彼女が去ってから追いかけることもできず、自分の中で嫌悪感が渦巻く。
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