目覚めたら、社長と結婚してました
 違う。気になったから手を出したとか、そういった軽い気持ちじゃない。遊びで付き合うつもりだって。

 とはいえ、それならどういうことなのか自分でもはっきりさせられない。彼女の言う通り、なかったことにするのが最良なのか。それを俺も望んでいるのか?

 キスした後、驚いて大きな瞳をじっとこちらに向けながら、今にも泣き出しそうな彼女の表情が頭から離れない。

 自分の中で答えが出せずに翌週を迎えたが、柚花はリープリングスに現れなかった。

「怜二が柚花ちゃんになんかしたんだろー」

 すっかり柚花を気に入っている島田さんに冗談半分でツッコまれる。

 とりあえず否定したものの、心当たりがないとも言えず俺は口数を少なくしていた。

「怜二、柚花ちゃんのことで少し気になる話があるんだ」

 ふと近藤さんが神妙な面持ちで話題を振ってきた。俺は口をつけていたグラスを置いてカウンターの方に視線を向ける。

 近藤さんの口から伝えられた情報は柚花の両親が世話になっているという岡村氏のことだった。

「あの人、実力はいうまでもないけれど、かなり乱暴なやり方をすることでも有名なんだよ。それでいて身内には甘いんだ。息子さんがいるが、正直彼の跡を継げる器にも思えない、と裏では評されている」

「甘やかされっぱなしの道楽息子。典型的な二代目で駄目になるタイプだな」

 島田さんが軽く付け足した。その顔はいつもここで見せるような茶目っ気混じりのものではなく小馬鹿にしたような、見下した冷たい瞳だった。
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