目覚めたら、社長と結婚してました
「自覚あるのかないのかは知らないが、柚花ちゃんの隣で話しているときのお前は随分と柔らかい顔してるよ。今までどんな女と付き合ってもギスギスしていたくせに。ま、それが好きな本の話だからって言うのならそこまでだけどな」

 なにも答えない俺に対し、島田さんが言い放つ。それに近藤さんも続いた。

「たしかに。でも柚花ちゃんは隣にいるのがお前じゃなくても、きっとそれなりに明るく楽しく過ごせるんだろうな。あの子は強いから……ただ、いつも前を向いていられる人間なんていないぞ。ましてやあの子、まだ二十五歳の女の子だろ」

 女の子、なんて年齢か? 近藤さんにしてみたらそんなものなのか。そう言われたことで、彼女がひどく弱い存在に思える。

 ふたりの話を受け、静かに息を吐くと俺はおもむろに立ち上がった。バーを後にし、自問自答を繰り返す。

 そこで一度だけ、柚花に踏み込まれたことを思い出した。

『怜二さんは結婚されるつもりはないんですか?』

 どうしてそんなことを聞くのか。散々聞かれてきた質問に、あのときは鬱陶しくも思った。だから俺はわざと冷たく言い放った。

『いずれはするさ。立場的にもしないと周りもうるさいからな。子どもも言われているし。適当に相手は見繕う』

 女にしてみれば傷つくような回答だろうとわかっていた。そこで終わりにすればいいものを、さらに彼女は聞いてくる。

『適当に、で結婚できますか?』

『結婚自体は簡単だろ。婚姻届を書いて受理されたら成立だ。利害の一致さえすれば結婚生活も難しくはない』

 吐き捨てるように告げた。軽蔑するだろうか、嫌悪するだろうか。勝手にすればいい、俺はこういう男だ。
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