目覚めたら、社長と結婚してました
「いいか。お前は俺のものなんだ、誰にも渡したりしない」

 強い想いを口にして内心では動揺していた。いつかこんな日が来るんじゃないかとどこかで予想していた自分もいたからだ。

 半ば無理矢理始めた結婚生活に綻びが出てくるんじゃないかと。

 それにしたって早すぎる。綻ぶほどに、まだ自分たちはなにも築き上げていない。そもそも最初から難しい話だったのか。

 頭を切り替えて仕事をこなしているところで、内線が鳴った。繋がれた相手はまさかの医療センターからで、伝えられた内容に衝撃が隠せない。

 柚花が歩道橋の階段から落ちて救急で運び込まれたというものだった。鞄に社員証を入れていたらしく、会社に連絡してきたのだと。

 こちらの沈痛な雰囲気を察してか、電話の向こうから大きな怪我などは見られない、とフォローが入る。それでも、どうしたって自分を責めずにはいられない。

 階段から落ちた原因はわからないが、今朝のやりとりで彼女を追い詰めていたのかもしれない。『すぐに向かいます』と短く返してとにかく俺は病院へ急いだ。

 そして受付で柚花の部屋の場所を尋ね足を向けているところで、反対側からやってきた看護師に声をかけられる。

「もしかして天宮柚花さんの身内の方ですか?」

「そうですが」

 すると彼女はホッとした表情を見せた。

「よかった、今ちょうど目が覚めたところだったんです。先生をお連れしますから部屋でお待ちください」

「すみません、お世話になりました」

「そんなに思いつめた顔をなさらないでくださいね。天宮さん自身も目覚めたばかりだからか少し混乱されています。普通に接してあげてください」

 困ったように告げられ、俺は思い直す。きっと彼女のことだから心配をかけたと罪悪感も抱くのだろう。朝のこともあるから尚更だ。
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