目覚めたら、社長と結婚してました
 一度気持ちを切り替えて俺は病室のドアを開けた。

「……思ったよりも元気そうだな」

 なんでもないかのように声をかけると彼女の顔が青くなった。

「ま、まさか会社に連絡が行きました?」

 極力いつも通りに返していたところで、先ほどの看護師が医師を連れて病室にやってきた。

 そこで妙なことに気づく。どうして彼女は自分のことを『社長』と呼ぶのか。

 混乱しているとは聞いたが、そんなふうに呼ばれるのはいつぶりか。

 あえて指摘せずにやりとりをしてみたが、柚花とあまりにも会話が噛みあわないことに押し殺していた不安が溢れだす。

 検査結果を聞きながら、医師とやり取りする彼女をそばで見守っていると、予想だにしていなかった事実が判明した。

 柚花はここ半年の記憶を失っていた。俺と結婚したことどころか、リープリングスで出会ったことさえも覚えていない。

「ご本人が一番ショックでしょうし、歯がゆいとは思います。ですが無理に思い出させようとしたり、一気に情報を与えすぎないでくださいね。彼女の脳は今は不安定ですから」

 医師からの説明を受けつつ、俺自身も混乱していた。この事実をどう捉えればいいのか。

 ……柚花は、俺とのことをなかったことにしたかったんだろうか。

 すぐに余計な考えを振り払う。今、一番不安なのは柚花自身だ。ほぼ初対面の男と結婚している事態をそう易々と受け入れるわけがない。だからといってここで彼女を手放すこともできない。
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