目覚めたら、社長と結婚してました
 正直、泣かれるかと思った。記憶がないという自身に降りかかった事態に。さらに接点のなかった人間と結婚しているんだ、別れたいと言われる可能性だってないわけじゃない。

 けれど記憶をなくしても柚花は自分の状況をあまり嘆くこともなく、いつもの軽口を叩きあいながら本当は俺の方が救われていた。

 無事でよかった。心の底から思った。また手を伸ばせば届く距離に彼女がいて。

 とはいえ、すぐに元通りとはいかない。一緒に住むことさえ今の彼女とは難しい。どこまで“結婚している”という事実を元に押してもいいものか、計りかねる。

 それでも――。

「知りたいんです、あなたのこと。できれば思い出したくて。私、こんな状態ですけど……迷惑じゃなかったら、そばにいてもいいですか?」

 柚花は自分で俺のそばにいることを選んでくれた。前向きな姿勢が彼女らしくて、やっぱり記憶がなくても柚花は柚花だった。

 もう一度やり直させてくれるんだろうか。

 彼女の気持ちをはっきりさせないまま強引に結婚した。そのせいで、なにか思うところがあり離婚届を用意したのだとしたら。

 今度は彼女に、結婚してよかったと思ってもらいたい。

 そう思う一方で純粋に愛し合って結婚したと思い込んでいる柚花に罪悪感を抱いたりもした。医師の言葉を盾に、彼女に結婚した経緯を話さないことにも。

 なにが正しくて、正しくないかのか。彼女にとってどうするのが一番最良なのか。結局、全部は自分のエゴじゃないのか。

 葛藤する気持ちは、彼女が記憶を取り戻したことですべて終止符を打つことになった。自分たちがすれ違い続けていたことにも。
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