目覚めたら、社長と結婚してました
「だから女は嫌なんだ。感情的で、自分のことばかりで」

「そんなふうにしか思えないから、割り切った関係しか築けないんだろ」

 社長の吐き捨てた言葉に、男性客が苦々しく笑いながら指摘する。どうやらこの三人はそれなりに親しい間柄らしい。

 場の雰囲気を変えるようにマスターが私に話しかけた。

「にしてもマニアックかどうかはともかく、うちは看板も出していないし、メディアにも一切露出していないからお客さんは限られてるんだよ。よくここに辿りついたね」

「あの、古書店のご主人に聞いて」

「ああ、澤井(さわい)さん? あの人がここを教えるなんて、お嬢さんは本当に本が好きなんだね。『リープリングス』を知ってるくらいだし」

「やっぱりヘレナ・ビンガーの作品ですか?」

「そうそう。映画の大ファンでね。原作の小説タイトルを店名に拝借したんだよ」

 マスターは笑顔で頷いてくれた。

 『リープリングス』はヨーロッパでわりと人気を誇るシリーズものの小説だ。これを原作とした映画が日本でも公開され、日本語に翻訳された小説も発売されたが、出版社の倒産や版権の問題などで、今では絶版になっている。

 他にも『Alle Liebe rostet nicht』というシリーズもあったが、こちらも同じだ。

 元々本が好きな両親の影響で、私も読書が好きだった。ヨーロッパに留学経験のある両親は原作も知っていて、日本語版が数冊家にあったのを私も読み始めてファンになったのだ。
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