目覚めたら、社長と結婚してました
「あの、今日はありがとうございました」

「こちらこそ。是非また飲みに来てね」

「柚花ちゃん、またね」

「はい、島田さんもありがとうございます。社長も、お疲れ様です。お先に失礼します」

 会社仕様で一応、彼にも挨拶する。社長の反応を待たずに私はそそくさとお店を後にした。

 別世界から帰ってきたみたいに薄暗いフロアの廊下をエレベーターを目指して突き進む。そして、呼び出しボタンを押そうとしたそのときだった。

「おい」

 『え』というのは声になったのか、ならなかったのか。うしろを振り向けば社長が面倒くさそうな顔でこちらを見ていた。

「な、なんでしょうか?」

 問いかけてすぐに、彼がここにいる意味を悟る。

「社長がこちらにいらしたこと、絶対に誰にも話しませんから。今日は失礼な態度をとってすみませんでした」

「そうじゃない。本を貸してやる」

 一瞬空耳を疑い、目が点になる。言葉の意味を理解し、すぐさま私は首を横に振った。

「そんな、かまいませんよ!」

「なんだ。お前の本好きってその程度か」

 つまらなさそうに言い放たれた言葉に、私はピシッと音がするほど固まった。不細工を承知で顔が引きつる。

「……言いますね。社長に気を使ったわけじゃありません。自分で探して手に入れます。“欲しいものは自分で手に入れてこそ価値があると思うんです”」

「“限られた時間の中、くだらない価値観でチャンスを失うことほど馬鹿なことはない”だろ」

 私は思わず目を大きく見開いて硬直した。社長の切り返しにだ。
< 26 / 182 >

この作品をシェア

pagetop