目覚めたら、社長と結婚してました
 つまりは文句なしの実力者だということ。入社してから遠巻きに見たのは数えるほどで、彼を見るのはいつも専門誌やインターネット、社員専用のウェブサイトを通してだ。

 初めて本物をこんなに近くで見る。彼は経営者としての腕はさることながら、その容姿でも一目置かれる存在だった。

 端正な顔立ちに、真っ黒な髪はきちっとワックスで整えられて、高級そうなスーツと合わさるとまるで隙がない。

 背が高く、意志の強そうなつり上がった眉、目は大きいけれど眼差しが鋭くて、言い方は悪いけれど、いつも不機嫌そうなイメージだ。

 正直言うと、なんだか怖い。でも遠くから見る分には十分に目の保養になる。それにしても、入社して今までこの方、社長と言葉を交わしたことなどなかったのに……。 

 私の背中に嫌な汗が伝った。

「ま、まさか会社に連絡が行きました?」

 怯えながら私は尋ねる。両親は外国暮らしをしているから、連絡をすぐに取るのは難しかったのかもしれない。でも、だからって、どうして忙しい社長自らが!? こういうときは、せめて上司とか……。

「行くだろ、普通。ったく、歩道橋の階段から落ちたんだって? なにやってんだよ、お前は」

 前髪を掻き上げながら社長は呆れたように告げた。まったくもってその通りだけれど自社の社員とはいえ、一応、初対面の人間に対して“お前”はいかがなものかと思う。

 しかし文句なんて言える立場でもない。私は痛みに眉をひそめたまま無理矢理上半身を起こした。
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