目覚めたら、社長と結婚してました
「ぼーっとして足を踏み外したわけじゃなかったんだな」

 昨日に続き、面会時間ギリギリに今日も社長は病室にやって来た。玉城さんから連絡がいったのだろう。からかうように話を振ってくる。

 いちいち腹を立てることもなく私は素直に尋ねた。

「意外ですか?」

 『そうだな』という言葉が続けられると思った。さらに冷やかされるんだろうなって。けれど社長は穏やかに笑った。

「いいや、むしろお前らしくて納得したよ」

 彼の答えに、表情に、心がざわめきだす。息苦しさを感じて私はシーツをぎゅっと握った。

「社長の好きな食べ物ってなんですか?」

「なんだ急に?」

 突拍子もない質問に、社長は意表を突かれた顔になった。

「いいから。答えてくださいよ」

 感情を乗せずに返答を促すと、彼は考える素振りを見せる。左手をなにげなく口元にもっていった。

「とくにこれっていうのはないけどな。好き嫌いはあまりない」

 嘘をついているとは思えないし、つく必要だってない。それなら私は、彼のためになにを作ろうとしていたの? 社長の好きなものって?

 考えても見つからない答えに、私は別の角度から聞いてみる。

「敏子さんに聞いたんですが、私たち喧嘩してたんですか?」

 その言葉に社長は一瞬、顔を強張らせた、気がした。見つめていた私から逃げるようにふいっと視線を逸らす。
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