目覚めたら、社長と結婚してました
「真面目とかそういう問題じゃない。他の女に興味もないし、どうでもいいだけだ」

 彼の言葉に目を見開く。社長は前髪をくしゃりと掻き上げた。彼のなめらかな黒髪が崩れることなく滑り落ちる。続けて彼は、私をじっと見つめてきた。

「俺にはお前だけだ。結婚までしておいて、失うような馬鹿な真似はしない」

 本気とも冗談とも取れない声色に私の方が動揺する。

「う、失うって大袈裟ですね」

「現に記憶はぶっ飛んだけどな」

「私だって好きで記憶をなくしたわけじゃないですよ」

 むっとして口を尖らせると、社長はかすかに顔を綻ばせた。

「そうだな」

 その表情から目を離せずにいると、社長はさらに私の頬に手を伸ばした。

「でも真面目な話、それだけで済んで、無事でよかった。お前にとっては大事(おおごと)だろうが。基本的に、お前は変わらないからな。俺はあまり気にしていない」

「わ、私は気にしますよ」

 駄目だ。もう彼の言葉をどう受け止めていいのかわからない。上手い切り返しも思いつかなくて、ただただ乱される気持ちに翻弄されっぱなしだ。

 触れられているところが妙に熱くて、火傷しそう。でも嫌じゃない。男の人に触れられること自体、今までほとんど経験したことないのに。

 伏し目がちになると、社長がこちらに身を乗り出して距離をさらに縮めてきた。この後の展開が察せられないほど私も子どもじゃない。
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