目覚めたら、社長と結婚してました
 会社に縛られるのではなく、社員の能力と個々を大事にしてくれる。そんな会社だから離職率も低いし、社員たちの仕事に対するモチベーションも高い。

『先方なんて、この時期大事な仕事のメール送っても“夏季休暇中だから〇日までお返事できません”って悪びれもなく自動返信メールが届くんだぞ。個人ではなく会社のアドレスで!』

 イライラしながら話す彼に苦笑した。もちろん先方というのは日本ではなく、今うちの会社とメインでやり取りしているドイツのプロジェクトチームとのことだろう。

 八月に突入し、外では暑さに加え蝉の声がうるさく夏を主張する日々。この気温もさることながら、私としては日焼けの方が気になってしまう。初めてここを訪れてから一ヶ月が経とうとしていた。

「あんなところで終わるなんてー。シンディはこの巻でどうなるんでしょう?」

「言っていいのか?」

「あ、駄目。言わないでください。今回は帰ってじっくり読むんです」

 第一印象がお互い最悪だったわりに、共通の話題もあって彼とはわりとすぐに打ち解けられた。大体借りた本を返すついでに私が感想を述べる。それに彼が適当に相槌をくれる。

 自分も本好きだとは思っていたけれど、彼も相当な本の虫だった。読むジャンルもなかなか多岐に渡っていて、話すたびにそこから派生したおすすめの本などを挙げてくれる。

 そういうわけで私の読みたい本が増えていく一方だ。たまにそんな私たちの会話に近藤さんや他のお客さんが加わったりすることもあった。

 おかげで自分の話している相手が、自社の社長だということを時々忘れそうになる。
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