目覚めたら、社長と結婚してました
 というわけで、私はここで彼と会うときには僭越ながら怜二さん”と呼んでいる。

 元々会社でもほとんど顔も会わせたこともないから、彼を『社長』と呼びかけること自体もなかった。とはいえ自分の立場を考えると、恐れ多さがいまいち抜けない。

 それも実は最初だけ。ここで会って彼と本の話を始めると、社長への遠慮や自分の立場など忘れ、つい夢中になってしまう。

「やっぱりヒロインであるルチアは魅力的ですよね。どんな困難にも心折れず、いつも明るくて前向きで、私の憧れです」

「トラブルメーカーだけどな」

「だからいいんじゃないんですか。彼女がいないと話が進みませんよ」

 リープリングスのヒロインであるルチアは貴族の家に生まれながらも自由奔放な恋知らずのお嬢様だ。

 ヒーローはマーティン。ルチアの兄の友人で、元軍人であり今は警察官となっている設定だ。このふたりが協力し事件を解決していくというのが大まかなあらすじだったりする。

「ルチアとマーティンの恋愛模様がこのシリーズの一番の見所だと思います」

「毎回、出てくる人物たちの複雑な心情が絡み合った人間模様が面白いんだろ」

「え。怜二さんって難しい読み方しますね」

「お前が単純なだけだ。作者であるヘレナは善や悪と割りきれないような心の機微を書くのが巧いんだよ。『水の底にある真実』とかその真骨頂だろ」

「ああ、あれは面白かったですよね。最後のどんでん返しに背筋が凍る思いでした。でも後味があまり悪くないのはよかったです」
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