目覚めたら、社長と結婚してました
「そう、怜二さんとのマンション。一度お邪魔したことあるけど、広くて綺麗よね。あそこなら子どもが生まれても十分に部屋はあるし」

 子どもという言葉に、私はつい顔を赤らめた。そうだ、結婚しているんだから子どもを考えるのだって当然だ。当人同士はともかく少なくとも周囲は。

「着替えとか、ある程度の荷物はもってきているけど、なにか取りに帰りたいの?」

「……ううん」

 私は静かに首を横に振り、再び窓の外に視線をやった。

 そっか。私の家はもうないんだ。

 ぽっかりと心に穴が空いたような気分だ。就職が決まり、会社から三駅離れたところに借りたアパートは思い出がたくさん詰まっている。

 引っ越した記憶もないし、つい最近まで当たり前のように帰っていたあの場所に、もう帰ることはできないんだと思うと、さすがにショックを受けた。

「そういえば怜二さんから本を預かってるわよ?」

「本?」

 私の気持ちに気づくことなく伯母は話を進めた。

「朝、出社前に柚花の荷物を持って家に来てくださってね。そのとき、柚花に渡してほしいって預かったの。うしろの席に置いてるわよ」

 その言葉通り視線を後部座席に向けると、茶色い丈夫そうな手提げ袋が置いてある。私は体を伸ばして持ち手の部分を掴み、自分の方にたぐり寄せた。
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