目覚めたら、社長と結婚してました
「どんな人?」

 その問いかけは、私の心を大きく波打たせた。

 どんな人、なんだろう。怜二さんって。

 『そうだな。俺のことを忘れているお前としては、知らない男同然の俺と一緒にいるよりそっちの方がいいだろ』

 ……知らない。全部忘れちゃったから。私、彼のことをなにも知らないんだ。

 たかが半年だと思ってた。そんなに大きく変わっていることもないって。あまり悩んでもしょうがないから前向きに考えるしかないと思っていたのに。

 住んでいたアパートも、通い慣れたパン屋さんもなくなっている。結婚までしているのに、相手との出会いさえも覚えていない。どうして結婚したのかもわからない。

 ついていけない。おいていかれている。まるでひとりだけ世界から取り残されている。

「どうしたの? 顔色悪いよ?」

 ズキズキと痛む頭を押さえてうつむく。奈々に心配をかけさせちゃいけない。「大丈夫だよ」って笑って答えないと。

 気持ちを奮い立たせようとするのに反し、足元が崩れそうになる。

「柚花!」

 名前を呼ばれたと思った瞬間、うしろから強く両肩を支えられた。私は大きく目を見開く。

「ったく、本調子じゃないのにひとりでふらふら出歩くな」

 やや息を乱した怜二さんが私を支えるようにしてこちらを見下ろしている。端正な顔を私はじっと見上げた。

「なんで……」

 確かめるように私の頬に軽く振れると、彼は息を吐いてから、呆然としている奈々に向き合った。
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