目覚めたら、社長と結婚してました
「迷惑なわけないだろ」

 そこで突然、抱きしめられ先ほどの比ではないほど彼の温もりが伝わってくる。驚きでなにも言えず瞬きしかできない。

「少し安心した。お前は俺のところにもう戻ってこない気がしてたから」

 いつもの彼からは想像もつかないほど弱気な口調だった。だから私はあれこれ考える間もなく、そのままの状態で口を開く。

「そ、そんなわけないでしょ! 自分で言ってたじゃないですか、私はあなたのものだって。怜二さんこそ、私たち結婚してるんですから簡単に私のこと見捨てたりしないでくださいね」

「見捨てるかよ。死ぬまでそばにいてやる」

 もう押し黙るしかない。心臓がうるさくて頭よりもこっちの方が重症だ。

「ここ外ですよ。離してください」

 返答に困った私はぼそっと呟いた。

「外じゃなかったら、いいのか?」

「そういうことじゃなくてですね……」

 咎めるように顔を上げると、私の目にはおかしそうに笑う彼の顔が飛び込んできた。その表情に違う意味で胸が痛くなる。

「ほら、行くぞ」

 こつんと額を重ねて告げられ、私は無言で頷いた。

 記憶を失う前の私はどうだったんだろう。こんな彼とのやり取りは慣れっこだったのかな? それとも、今みたいにいちいち胸をときめかせていた?

 一社員としての社長のイメージは厳しくて、怖そうで。いつも怒っているのかなって思うような人だった。

 彼が隣にいることを許す女性は、華があって美人で、きっと仕事の話もできる人だと思っていたのに。

 どうして彼は私を選んでくれたんだろう?
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