目覚めたら、社長と結婚してました
「ちょっと待て、なんでお前が叫ぶんだ」

 被害者である彼の言い分はもっともだった。

「す、すみません。ごめんなさい」

 もうなにに対する謝罪なのか判別できない。上手く息を吸えないし吐くことも難しくて、過呼吸を起しそうだ。

 なんで、私……。

 自分でも信じられない。恋愛経験もろくにないくせに、さらには彼との記憶のない状態で自分から唇を奪うなんて。

「べつに謝ることでもないだろ」

 怜二さんはまったく動揺を見せず冷静だった。おかげで私も少しだけ落ち着きを取り戻す。

「そうでしょうけど……」

 一応、夫婦だし。さらには怜二さんにとっては、きっとあんな接触、キスと呼ぶほどのものでもないんだ。

 だからって自分の取った行動を思い出すだけで穴があったら入りたい。この記憶だけ抹消させて欲しい。私の中からも、彼の中からも。

 私はまともに怜二さんの顔が見られず、頭を沈めた。

「とにかくすみません。今のはなかったことにしてください。できれば忘れてください」

 お願いする言い方としては乱暴だ。でも今はどうしても勢いに任せるしかない。

「しない」

 からかわれるかもしれない、と不安になっていると、返ってきたのは思ったよりもずっと真剣なものだった。おかげで私は確認するように顔を上げる。

「もうなかったことにはしない」

 意志の強い瞳に目を逸らせなくなる。今度は怜二さんが私との距離を縮め、右手を取った。
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