目覚めたら、社長と結婚してました
 だって今、私が感じるのは彼の体温やさっきまで吸っていた煙草の香りとかそんなものばかりだ。

 怜二さんはなにがしたいのか、どういうつもりなのか、

「煙草くさいです。なんですか、嫌がらせですか!?」

「嫌がらせって、お前な……」

 呆れた口調の彼に私は早口で捲し立てる。

「れ、怜二さんはこんなことしなくても、慰めてくれる人はいっぱいいるでしょ?」

「嫌味か」

「嫌味、というか……」

 少しだけ腕の力が緩んだので、私はうつむき気味に答えた。

「いいえ。落ち込んでいるときに誰かに甘えたり、癒しを求めるのは悪いことではないと思います」

 と、これは全部小説の受け売りだったりする、なんたって……

「はー。まさかマーティンまで割り切った関係の女性がいるなんて」

 仰々しくため息をつき、しょぼんと項垂れる。勝手に裏切られた感を抱いているが、清廉潔白なヒーローなど早々いないと実感した。

「どうかルチアには知られないことを願うばかりです」

「……それは、どうだろうな」

「だから、そういう含んだ言い方やめてください!」

 私は怜二さんの方に顔を向けて声を荒げた。思ったよりも近くで目が合い、今の体勢を思い出す。ぱっと下を向き、意識しないように小説の方に考えを戻した。

 それにしても恋も知らないルチアがマーティンの女性関係のことを知ったらどう思うだろう。ショックを受けるかな。最近、ようやくマーティンのことを意識しはじめたのに。
< 90 / 182 >

この作品をシェア

pagetop