Some Day ~夢に向かって~
9月も、もう中旬を過ぎたが、暑さはまだまだ厳しい。学校に戻ってそろそろ3週間、思っていた以上に、時が早く流れて行くような気がする。
「ねぇ先輩、今日も図書室寄るの?」
「ああ。」
「真面目だねぇ、まだそんなに気合入れなくても大丈夫だよ。」
「たまには息抜きしないと、今日は私達とお茶しませんか?」
放課後、今日も俺は何人かの女子と連れ立って、教室を後にしている。
「うん、そうしたいのはヤマヤマだけどなぁ。明日から文化祭の準備も始まるし、今日はやっぱり寄ってくよ。」
「なんだぁ、つまんないな。」
「すまん、じゃぁまた明日。」
「今度は絶対付き合って下さいよ。」
彼女達は名残惜しそうに帰って行く。俺はその姿を少し見送っていたが、ホッと一息つくと、目的地に向かって歩き出した。
放課後、図書室に寄るようになってから1週間以上経つかな。勉強が手に付かず、というよりほとんど俺の理解の範疇を超えていて、少しでも集中できる環境をと思ってのことなんだけど、なかなか奴らは手強い。
予備校も通ってはいるが、俺に必要なのは、家庭教師だったかもしれないと、今更ながら思う今日この頃だ。
予備校と言えば、もう一緒に帰りたくない、水木からそう言われたのは、やっぱりショックだった。彼女との距離は縮まってる、そう思ってたのは、俺のうぬぼれに過ぎなかったんだ。
あれからも別に避けられてるわけじゃない。話し掛ければ、笑顔で答えてくれるし、メ-ルをすれば返事はある。
でも、あの初めてメ-ルした時のようなことはなく、勉強頑張りましょうねといった言葉ですぐに終わり。
やっぱり彼女には迷惑だったんだな、残念ながら。すぐに拒まれなかったのは、水木の優しさだったんだろう。
だけど、あの子達には悪いけど、ああやって水木と一緒に帰れたらな、なんて思ってしまう自分はまだいる。我ながら諦めが悪いとは思うけど。
それはともかく、学校の図書室なんて、足を踏み入れたのは、それこそ小学校低学年以来じゃないかと思うんだけど、そこにいる奴らは、それこそ脇目もふらずに勉強に集中していて、初めて部屋に入った時、俺は正直息を呑んだ。
いい刺激にはなったんだけど、刺激だけで勉強が進めば、苦労しないわけで、現実はなかなか厳しい。
この日も、それなりにテキストと格闘してはみたものの、なぜか今日はいつも以上に集中出来ない。
(こんなんなら、あの子達とお茶した方がよかったかな。)
内心苦笑いしながら、時計に目をやった俺は決心した。
(よし、ちょっと行ってみるか。)
俺は勉強道具を手早くカバンに詰めると立ち上がった。
向かった先はグラウンド、そう俺の血は・・・しみ込んでないかもしれないけど、汗と涙はしみ込んでるはずのあの場所だ。
(やってるな。)
グラウンドからは、活気のある声が響いて来る。俺はグラウンドが見える、しかし練習している後輩達からは気づかれないように腰を下ろした。
(懐かしい・・・。)
学校に戻って来た時には、何とも思わなかったのに、練習に励む後輩達を見て、俺はやたら懐かしく思っていた。
入部して来た時、俺達3年の前に出るとガチガチに緊張していた1年坊主達が、今や最高学年になって、後輩達を引っ張っている。グラウンドを駆け回ってる連中の半数は知らない顔になってしまった。
1年ちょっと前まで俺はあの光景の中にいた、当たり前のように。だけどもう俺はあの中に帰ることは出来ない、肉体的にも、そして年齢的にも。
「白鳥さん。」
物思いにふけっていると、突然横から飛んできた声。振り向くと、そこにはユニホ-ム姿の塚原がいた。
「塚原。」
「何、こんな所でたそがれてるんすか?」
「別にたそがれてなんかいねぇよ。それよりお前こそ、どうしたんだよ?そんな恰好で。」
「そんな恰好とは失礼な、練習してたんですよ。」
「練習?」
「そんな意外そうな声、出さないで下さいよ。俺は今でも、れっきとした野球部員なんですから。」
意外なことを言う塚原。
「退部届、まだ出してないのか?」
「そんなもん、慌てて出す必要ないでしょ。別にプロ目指してるわけじゃないし。もちろん、毎日来てるわけじゃないですけど、たまには発散しないと、息詰まっちゃいますよ。」
なるほど、そういうことか。確かに、こんな時グラウンドで思いっ切り汗流せたら、スッキリするかもしれない。
「白鳥さんも遠慮しないで、顔出せばいいじゃないですか。先輩だってまだ部員なんでしょ?」
「えっ?」
一瞬驚いたが、言われてみれば、俺もまだ退部届を出してない。試合に出場する資格はないが、確かに俺も部員なんだ。だけど・・・。
「そうはいかねぇよ。もう1年以上、身体動かしてねぇんだし、後輩のバッピ-(バッティングピッチャー)でも務められるならまだしも、今の俺じゃ、練習の邪魔しに行くようなもんさ。」
そう言うと、俺は歩き出した。
「水木悠でしょ?」
「はぁ?」
「先輩がたそがれてる理由は?」
(いきなりこいつ何言い出すんだ?)
訝る俺にお構いなしに塚原は続ける。
「俺、伊達に1年間、白鳥さんの女房役務めてませんよ。」
1年先輩と2年先輩に優秀なキャッチャ-がいたせいか、俺達の代にはなんとキャッチャ-がいなかった。だから、俺は最後の1年間はこいつとバッテリ-を組んだ。
「だからなんでもわかるってのか?言っただろう、今の俺に女にうつつを抜かしてる暇はねぇって。」
「それは嘘ではないのかもしれないけど・・・いや半分は嘘かな?」
武骨で無口な奴だと思ってた後輩が、珍しく雄弁に語り出した。今、俺がモヤモヤしてるのは、勉強が上手くいかないことだけじゃないのは確かだから。こいつが何を言うのか、もうちょっと聞いてみるか。
「いい子に目を付けましたね、さすがにお目が高い。でも・・・。」
「でも?」
思わず釣り込まれたように聞いてしまう。
「ガード固いですよ。」
予想もしない言葉に、思わず塚原の顔を見つめてしまった。
「先輩に匹敵するくらいにね。」
「別に俺はガ-ド固くなんかねぇよ。」
「何言ってるんですか。そのガ-ドの固さに、何人の子が泣いたと思ってるんです?」
話が変な方向に向いてきた。困惑する俺にお構いなしに、塚原は続ける。
「多分、よっぽど心の中に秘めた思いがあるんでしょうね。」
「俺がか?」
「いえ、水木がですよ。」
「・・・。」
「心に決めた人がいるんだと思いますよ、きっと。」
「なんでわかるんだよ、そんなことが。」
「俺はキャッチャ-ですよ。」
「えっ?」
「キャッチャ-は人間観察に長けてなきゃ、務まらないんですよ。」
ずっと表情1つ変えずにしゃべってた塚原が、こう言うと初めてニヤリと笑った。
「ねぇ先輩、今日も図書室寄るの?」
「ああ。」
「真面目だねぇ、まだそんなに気合入れなくても大丈夫だよ。」
「たまには息抜きしないと、今日は私達とお茶しませんか?」
放課後、今日も俺は何人かの女子と連れ立って、教室を後にしている。
「うん、そうしたいのはヤマヤマだけどなぁ。明日から文化祭の準備も始まるし、今日はやっぱり寄ってくよ。」
「なんだぁ、つまんないな。」
「すまん、じゃぁまた明日。」
「今度は絶対付き合って下さいよ。」
彼女達は名残惜しそうに帰って行く。俺はその姿を少し見送っていたが、ホッと一息つくと、目的地に向かって歩き出した。
放課後、図書室に寄るようになってから1週間以上経つかな。勉強が手に付かず、というよりほとんど俺の理解の範疇を超えていて、少しでも集中できる環境をと思ってのことなんだけど、なかなか奴らは手強い。
予備校も通ってはいるが、俺に必要なのは、家庭教師だったかもしれないと、今更ながら思う今日この頃だ。
予備校と言えば、もう一緒に帰りたくない、水木からそう言われたのは、やっぱりショックだった。彼女との距離は縮まってる、そう思ってたのは、俺のうぬぼれに過ぎなかったんだ。
あれからも別に避けられてるわけじゃない。話し掛ければ、笑顔で答えてくれるし、メ-ルをすれば返事はある。
でも、あの初めてメ-ルした時のようなことはなく、勉強頑張りましょうねといった言葉ですぐに終わり。
やっぱり彼女には迷惑だったんだな、残念ながら。すぐに拒まれなかったのは、水木の優しさだったんだろう。
だけど、あの子達には悪いけど、ああやって水木と一緒に帰れたらな、なんて思ってしまう自分はまだいる。我ながら諦めが悪いとは思うけど。
それはともかく、学校の図書室なんて、足を踏み入れたのは、それこそ小学校低学年以来じゃないかと思うんだけど、そこにいる奴らは、それこそ脇目もふらずに勉強に集中していて、初めて部屋に入った時、俺は正直息を呑んだ。
いい刺激にはなったんだけど、刺激だけで勉強が進めば、苦労しないわけで、現実はなかなか厳しい。
この日も、それなりにテキストと格闘してはみたものの、なぜか今日はいつも以上に集中出来ない。
(こんなんなら、あの子達とお茶した方がよかったかな。)
内心苦笑いしながら、時計に目をやった俺は決心した。
(よし、ちょっと行ってみるか。)
俺は勉強道具を手早くカバンに詰めると立ち上がった。
向かった先はグラウンド、そう俺の血は・・・しみ込んでないかもしれないけど、汗と涙はしみ込んでるはずのあの場所だ。
(やってるな。)
グラウンドからは、活気のある声が響いて来る。俺はグラウンドが見える、しかし練習している後輩達からは気づかれないように腰を下ろした。
(懐かしい・・・。)
学校に戻って来た時には、何とも思わなかったのに、練習に励む後輩達を見て、俺はやたら懐かしく思っていた。
入部して来た時、俺達3年の前に出るとガチガチに緊張していた1年坊主達が、今や最高学年になって、後輩達を引っ張っている。グラウンドを駆け回ってる連中の半数は知らない顔になってしまった。
1年ちょっと前まで俺はあの光景の中にいた、当たり前のように。だけどもう俺はあの中に帰ることは出来ない、肉体的にも、そして年齢的にも。
「白鳥さん。」
物思いにふけっていると、突然横から飛んできた声。振り向くと、そこにはユニホ-ム姿の塚原がいた。
「塚原。」
「何、こんな所でたそがれてるんすか?」
「別にたそがれてなんかいねぇよ。それよりお前こそ、どうしたんだよ?そんな恰好で。」
「そんな恰好とは失礼な、練習してたんですよ。」
「練習?」
「そんな意外そうな声、出さないで下さいよ。俺は今でも、れっきとした野球部員なんですから。」
意外なことを言う塚原。
「退部届、まだ出してないのか?」
「そんなもん、慌てて出す必要ないでしょ。別にプロ目指してるわけじゃないし。もちろん、毎日来てるわけじゃないですけど、たまには発散しないと、息詰まっちゃいますよ。」
なるほど、そういうことか。確かに、こんな時グラウンドで思いっ切り汗流せたら、スッキリするかもしれない。
「白鳥さんも遠慮しないで、顔出せばいいじゃないですか。先輩だってまだ部員なんでしょ?」
「えっ?」
一瞬驚いたが、言われてみれば、俺もまだ退部届を出してない。試合に出場する資格はないが、確かに俺も部員なんだ。だけど・・・。
「そうはいかねぇよ。もう1年以上、身体動かしてねぇんだし、後輩のバッピ-(バッティングピッチャー)でも務められるならまだしも、今の俺じゃ、練習の邪魔しに行くようなもんさ。」
そう言うと、俺は歩き出した。
「水木悠でしょ?」
「はぁ?」
「先輩がたそがれてる理由は?」
(いきなりこいつ何言い出すんだ?)
訝る俺にお構いなしに塚原は続ける。
「俺、伊達に1年間、白鳥さんの女房役務めてませんよ。」
1年先輩と2年先輩に優秀なキャッチャ-がいたせいか、俺達の代にはなんとキャッチャ-がいなかった。だから、俺は最後の1年間はこいつとバッテリ-を組んだ。
「だからなんでもわかるってのか?言っただろう、今の俺に女にうつつを抜かしてる暇はねぇって。」
「それは嘘ではないのかもしれないけど・・・いや半分は嘘かな?」
武骨で無口な奴だと思ってた後輩が、珍しく雄弁に語り出した。今、俺がモヤモヤしてるのは、勉強が上手くいかないことだけじゃないのは確かだから。こいつが何を言うのか、もうちょっと聞いてみるか。
「いい子に目を付けましたね、さすがにお目が高い。でも・・・。」
「でも?」
思わず釣り込まれたように聞いてしまう。
「ガード固いですよ。」
予想もしない言葉に、思わず塚原の顔を見つめてしまった。
「先輩に匹敵するくらいにね。」
「別に俺はガ-ド固くなんかねぇよ。」
「何言ってるんですか。そのガ-ドの固さに、何人の子が泣いたと思ってるんです?」
話が変な方向に向いてきた。困惑する俺にお構いなしに、塚原は続ける。
「多分、よっぽど心の中に秘めた思いがあるんでしょうね。」
「俺がか?」
「いえ、水木がですよ。」
「・・・。」
「心に決めた人がいるんだと思いますよ、きっと。」
「なんでわかるんだよ、そんなことが。」
「俺はキャッチャ-ですよ。」
「えっ?」
「キャッチャ-は人間観察に長けてなきゃ、務まらないんですよ。」
ずっと表情1つ変えずにしゃべってた塚原が、こう言うと初めてニヤリと笑った。