Some Day ~夢に向かって~
「来てくれてたんだ。」


「凄かったですね、先輩。」


「後輩が花、持たせてくれたんだよ。あいつが真剣に投げたら、1年以上野球から離れてる俺が打てるわけがない。また打たれるようじゃ困る。」


そう言いながらも、先輩は満足そうに笑う。


「時間がないって、騒いでた奴が何してんだと思ってるだろ。」


「そんなこと・・・。」


(ちょっぴり思ってた・・・かな。)


「ケジメを付けに来た。」


「ケジメ・・・ですか?」


「うん。俺、実はまだ退部届出してなかったんだ。だから、あくまで形式上のことだけど、俺は今も野球部員ということになる。そのことを正直嬉しく思っている自分もいた。でもそれじゃやっぱり駄目なんだ。このグラウンドにもう俺の居場所はない、今日はそれを確認に来た。」


「先輩・・・。」


「投げて、打って、走って、それが全部出来て、初めて野球選手なんだ。俺にはもうその資格がない。最後にいい汗を流させてもらって、退部届もさっき監督に出した。これで俺は新しい夢に向かって進んで行ける。」


先輩のユニホ-ム姿は確かにかっこよかった。でもちょっと物足りなかったのも確か。先輩が一番輝いてたのは、マウンドの上、バッタ-ボックスじゃない。


「聞いてもいいですか?」


「なんだい?」


「先輩の夢って・・・なんですか?」


新しい夢がある、前にもそう聞いたことがある。でもそれが何なのか、私はまだ知らない。


「笑わないで聞いてくれるか?」


「はい。」


(笑うわけないじゃないですか。)


「マスコミに入りたい。」


「えっ?」


「新聞記者になりたいんだ。」


照れ臭そうに、うつむきながらそう言った後、先輩は顔を上げた。


「高校レベルまでだけど、一応野球を経験した者として、野球の楽しさ、素晴らしさを、そして共に戦った仲間達、鎬を削ったライバル達のこれからの戦い様、生き様を側で見つめながら、伝えていきたいんだ。俺と同じように野球を愛する人達に、そしてこれから野球を始めようとしている子供達に。」


そう言った先輩の顔は、とっても凛々しかった。そんな先輩を見つめて、言葉の出ない私に、先輩はまた恥ずかしそうな表情を向ける。


「と、夢はデカいんだけどさ・・・。マスコミ目指すには、それなりの大学行かなきゃならないだろうし、第一、俺にそんな文章力があるのか、って話なんだよな・・・。」


「先輩!」


「は、はい。」


勢い込んで声を掛けた私に、ビックリする先輩。


「家庭教師の話、どうなりました?」


「どうもこうも、まだ親に話もしてねぇよ。」


「じゃ、一緒に勉強しましょ!」


「えっ?」


「とりあえず、家庭教師見つかるまで、毎日放課後、教室で。教室なら話しても平気だし、みんなに変な噂立てられなくて済みますから。」


「う、うん・・・。」


「素敵な夢じゃないですか、私絶対応援します!」


夢中で話す私の勢いに押され気味の先輩だったけど、私のこの言葉で、嬉しそうに顔をほころばせてくれた。


「ありがとう。水木がそう言ってくれると、嬉しいよ。」


「はい。」


笑顔で顔を見合わせる私達。


「着替えて来るから、待っててよ。嫌じゃなかったら、一緒に昼飯食って行こう。ご馳走するよ、ファミレスだけど。」


「でも・・・。」


一緒にご飯は嬉しいけど、この前ハンバ-ガ-ご馳走になったばかりだし・・・。


「いいんだ。勉強会、復活してもらうお礼と、最後のユニフォ-ム姿見てくれたお礼と・・・。」


一瞬言い淀んだ後、先輩はこう続けた。


「その反則過ぎるくらい可愛い私服姿を見せてくれたお礼だ。」


「えっ。」


顔を赤らめてそう言うと、先輩は踵を返して、走って行ってしまった。


(ちょっと、急にそんなこと言うなんて・・・先輩の方こそ、反則だよ。)


自分でもわかるくらい私も顔を赤らめてしまったけど


(えっ?)


ふと、なんかいつの間にか、みなさんの注目を集めてることに今更ながら気付く。私はいたたまれなくなって、逃げ出した。
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