彼の隣で乾杯を
「早希から連絡があったら教えて欲しい。今度こそ佐本さんとの約束を守るから」

睨みつける私の視線を無視して副社長は自分の名刺を取り出すとその裏にさらさらと11桁の数字を書き込んで無理やり私の手に握らせると、がっくりと肩を落としてフロアを出て行った。

しかし、私の心の中は怒りしか浮かんでこない。
連絡がつかないということは恐らく早希はすぐに探せる場所にはもういない。

よく知らない副社長のことなど欠片でも信じた私がばかだったのだ。

すぐさま手の中の名刺を握りつぶし丸めてゴミ箱に投入しようとして、すんでのところで思いとどまる。

副社長の携帯番号、しかもおそらくプライベートのーーーが書かれた名刺を丸めてゴミ箱に入れたら誰かが拾って悪用するかもしれない。
ここはしっかりシュレッダーにかけよう。

くしゃくしゃに丸めた名刺のしわを伸ばして席を立ち、そのままフロアの角に置かれた業務用シュレッダーにかけてやる。

私の様子を窺っていたらしい人たちの悲鳴のような者が聞こえてきたけれど、私は完全にスルーした。

なんなら副社長本人をシュレッダーに突っ込んでやりたい。

遠巻きにしていた社員たちの興味津々という視線とひそひそ話も不愉快だけど、それも当然のこと。天上人の副社長がこのフロアに現れたってだけじゃなくて、私に叱られて肩を落として出て行く姿を皆が見ていたのだから。

ただ、今日の残業メンバーの中に私に直接聞きに来るツワモノはいない。
これが東くんや八木さん辺りがいたら絶対に面白がって声をかけて来ただろうけど、ラッキーなことに出先から直帰になっているし先輩女子社員の井口さんは定時帰宅していた。

助かった。
こういう時に普段のツンが効くのだ。

「すみません、お騒がせしました」

手の震えが収まらないままとりあえずざわつく周囲に頭を下げ、急いでやりかけの仕事を片付ける。
カナダ支社に電話をかけなおし、明日の対応を確約する。
とにかく今すぐ退社しよう。

今後周りからどうやっても詮索されるだろうし、私の方もかなり混乱している。
早希、どこに行ったの。

もう、なんてことしてくれたんだ、あのクソ男。

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