彼の隣で乾杯を
すり抜けるようにして出たところに小林主任がいて驚いてしまった。ちょうど話を聞かれてしまったかな。
通り過ぎる時、小林主任は笑っていたのが目に入ったけれど何を言っていいのかわからずそのまま会釈だけしてデスクに戻ろうと歩き出した。


「薔薇姫は恋人には棘を出さないんだな」
「俺も驚きました」
「きっと甘い恋人同士なんですよっ」
「薔薇姫の姿は仕事中の鎧だってことだろ。プライベートは普通の女性だ」

背後であの三人と主任が私の話をしている。

そのうちの一人の声に胸がチクリと痛んだ。

私は帰国して早々に小林主任に高橋とのことを報告していた。同じ会社にいる以上どこかで私たちの噂を聞くことがあるかもしれないと思ったからだ。
それと、小林主任にも前を見て進んで欲しいと思ったから。

私も深く傷ついて前に進めなかった。それが進めるようになったのは真実を教えてくれた小林主任とずっと隣にいてくれた高橋のおかげ。

大使館から連れ出される姿を見ていた小林主任もすぐにピンと来たのだとか。

「これで俺もきっぱりと諦めて新しい出会いを待ってみることができる」そう言って笑顔で缶コーヒーをくれたのだ。
イタリアのホテルのバーで見たような疲れた顔はどこにもなかった。


これからの私に恋人がいることを隠す必要がないと思い、菊池ちゃんの問いには肯定で答えた。
不倫しているわけではないし、私もいい年だ。恋人の一人や二人いてもおかしくないはずだ。

ただ相手のことに関しては聞かれても言うつもりはない。
高橋に迷惑をかけてはいけない。彼は関連会社の社長の息子で私とは済む世界が違う。
いずれ別れることになるのかもしれないし。

副社長や社長秘書の林さん程ではないけれど、高橋もかなり女子社員から人気がある。
バレンタインデーや彼のバースデイなど恐ろしくて近付けないくらい。
この先、高橋が関連会社の御曹司だとバレたらもっともてるんだろうな。
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