彼の隣で乾杯を
自宅に戻り手早く作った夕食を食べながらタヌキとの会話を思い出す。

自分の気持ちに素直になって、か。

仕事中は虚勢を張っている。
見た目がいいから仕事がとれるなどと思われるのも屈辱だけど、仕事中に素の自分を見せる必要もない。
そんな事はタヌキだってわかっているはず。
本当に何が言いたかったんだろう。

不意にスマホが着信を告げた。

ーー早希だ。
急いでスマホを手に取った。

「ね、由衣子。私、東京に戻ることにしたから」

唐突に知らされたのは待っていた嬉しい言葉。スマホの向こう側にいる早希の声は弾んでいてそれが本当のことだということがよくわかる。

「ホントに?決めたの?」

「うん。両親も姉さんも私の後押ししてくれたの」

「それで、いつ?いつ帰ってくる?」

「来月早々には。こっちの引継ぎとか・・・って言っても第2秘書だから引継ぎなんてほとんどないんだけどね。アクロスのプロジェクトのお手伝いはしてるから、そっちが一段落して私の身の回りの片付けをしたらって感じ。あと1か月くらいかな」

「よかった。また一緒に飲みに行けるのね。早く帰ってきて」
心から待ち遠しい。あと1ヶ月。指折り数えてしまいそう。

「うん。でも、高橋はまだ戻れないみたいだね。長引いてるっていうよりはどんどん仕事の幅が広がっているみたい。THコーポレーションの跡継ぎだからTHで働く準備みたいにも見えるんだけど・・・。由衣子はどう聞いてるの?」

どきんと心臓が揺れる。
THの後継ぎ。

「そっか。やっぱりそんな感じなんだ・・・私もそうじゃないかって思ってた。全然会えてないんだよね。お互いすれ違い」

「ごめん、私の口から言う事じゃなかった。高橋は誠実な奴だから由衣子に黙ってTHに戻るなんてことしないよ。大丈夫」

「そうだとは思ってるけど」

「なかなか将来の話ってしにくいけど、高橋ならきちんと考えてくれてるって思うよ。あ、そういえば高橋のお母さんに会ったよ。由衣子も見かけただけだけど、一度会ってる」

「え?どこで?」

「前に由衣子とホテルのバーに飲みに行って、康史さんと女の人が腕を組んでるとこに出会ったの覚えてない?」

「あ、早希が逃げた時の?」

「そう、あれ。あの時のお相手の女性が高橋のお母さんだったの」
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