彼の隣で乾杯を
「あなたアクロスの人よね」
化粧室から会場に戻る途中で”ご令嬢”に声をかけられてしまった。
あちらから話しかけてくるなんて。
空港でも、さっき会場内で出会った時もまるで無視していたのにどういう風の吹き回しなんだろう。
「はい。アクロスコーポレーションの佐本と申します」
軽くイラっとするけれど、ここは大人の対応でやり過ごすべきなんだろう。
相手は取引先のご令嬢らしいしね。
「私、THコーポレーションの高橋社長の息子の婚約者なの。今、おたくの営業部にいる高橋良樹、知ってるわよね?」
「え?」
その派手な赤いルージュの唇で何を言い出すのかと思えば、高橋の婚約者って?
「良樹は私の婚約者だと言っているの。結婚前のお遊びは仕方ない目をつぶるけど、結婚したらきっぱりと手を切ってもらうつもりだから今のうちに覚悟しておいてちょうだい。愛人なんて汚ならしいわ」
軽く顎をあげて好戦的な視線をぶつけてくる。
まるで私が高橋の遊び相手だとでもいうように。
プライベートであれば喧嘩上等。売られた喧嘩は買ってやろうじゃないの。
でも私は今夜ここに仕事で来ている身。やっぱりそれはダメだよね。