彼の隣で乾杯を
他人から悪く言われることは慣れているし、ここはガマン、ガマンっとーー。

「あなたがどなたか存じ上げませんが」

間違ってない。私は直接あなたを紹介してもらってないし、あなたも自己紹介しなかったし。

「良樹は誰とも婚約などしていませんし、私は彼の遊び相手でもありません。愛人などと言う言葉で彼のことを侮辱しないでいただけますか」

私のことを取引先の社長令嬢に脅迫されたくらいで泣き出す弱い女とでも思ったのだろうか。
残念ながらそんなか弱い女じゃない。
だてに何年も『薔薇の花』と呼ばれていたわけじゃないのだ。

「失礼します」無表情で彼女の横をすり抜けようとした。
「待って。話はそれだけじゃないわ」

その声に足を止めずにいると
「あなたの会社、うちとの取引が無くなってもいいのね。全部あなたのせいになるのよ」
とご令嬢は面倒くさいことを言い出した。

この小娘は会社で何の仕事をしているんだろう。
うちと取引できなくなって困るのはむしろあなたの会社なのに。

ああ、面倒くさい。

心優しい早希ならば優しく彼女の思い違いを解いてあげるのかもしれないけれど、私はそんな親切な人間じゃない。

ぶんぶんうるさい蜂だと言った麻由子さんは正しい。

でもここで対応を間違えて、後々ここの担当の八木さんと東くんに迷惑をかけるのもいかがなものかと思うし。
ホントに勘弁して欲しい。

「まずはあなたのお名前と会社名、所属を教えていただけますか。その上で然るべき人とお話させていただきます」

私はアクロスの薔薇の花と評される笑顔で彼女の正面に立った。

「な、な、何を!失礼ね!」

般若のような顔で私を睨みつけ、吐き捨てるように言うと身体を翻してカツカツと甲高いヒールの羽音をたてて蜂は会場に戻って行った。

私は間違ってない。
だって、誰もあなたのことを紹介してくれないし、あなたも自己紹介をしなかったのだから。

ホントにメンドクサイ。
・・・どなたか殺虫スプレーを下さい。




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